佛名の明日に、雪の振りければ。 年の内に罪消つ庭に降る雪はつのめて後は積もらざらなむ道綱母 殿、離れ給ひて後、久しうありて、七月十五日、盆の事等、聞こえの給へる御返り事に。 かかりける此の世も知らず今とてや哀れ蓮の露を待つらむ 道綱母 四の宮の御子の日に、殿に代はり奉りて。 峰の松己が齡の數よりもいま幾千代ぞ君に引かれて 道綱母 その子の日の日記を、宮に侍ふ人に借り給へりけるを、其の年は、后の宮うせさせ給へりける程に、暮れはてぬれば、次の年、春、返し給ふとて、端に。 袖の色變われる春を知らずして去年に並へるのべの松かも 道綱母 尚侍の御殿:「天の羽衣と言ふ題を読みて。」と聞こえさせ給へりければ。 ねれ衣にあまの雨衣むすびけりかつは藻鹽の火をし消たねば 道綱母 陸奧國にをかしかりける所所を、繪に描きて、持て昇りて見せ給ひければ。 陸奧のちかの島にて見ましかばいかに躑躅のをかしからまし 道綱母 或る人、賀茂の祭の日、むごとりせむとするに、男の元より、あふひ嬉しきよし、言ひ起こせたりける返り言に、人に換はり。 頼まずよ御垣をせばみあふひばは標の他にも有りと言ふ也 道綱母 親の御忌にて、一つ所に、はらから達集まりておはするを、異人人は、忌果てて、家に歸りぬに、一人泊まりて。 深草の宿になりぬる宿守る止まれる露の頼もしげなさ 道綱母 返し、為雅の朝臣。 深草は誰も心に茂りつつ淺茅ヶ原の露と消ぬべし 為雅 當帝の御十五日に、亥の子の形を作りたりけるに。 萬代を呼ばふ山邊の亥の子こそ君が仕ふる齢なるべし 道綱母 殿より八重山吹を奉らせ給へりけるを。 誰が此の數は定めし吾は唯十重とぞ思ふ山吹の花 道綱母 はらからの、陸奧國の守にて降るを、長雨しける頃、其の降る日、晴れたりければ、斯の國に河伯とと言ふ神有り。 我が國の神の守りや添へりけむかわく気ありし天つ空かな 兄弟 返し。 今ぞ知るかわくと聞けば君がため天照る神の名にこそありけれ 道綱母 鶯、柳の枝に在りと言ふ題を。 我が宿の柳の絲は細くともくる鶯は絶えずもあらなむ 道綱母 傅の殿、初めて女のがり、遣り給ふに、代はりて。 今日ぞとや辛く待ち見む我が戀は無始以來なるべし 道綱母 度度の返り事無かりければ、杜鵑の形を作りて。 飛び違ふ鳥の翼を如何なれば巢立つ嘆きにかへさざるなむ 道綱 尚、返り事せざりければ。 細蟹のいかになるらむ今日だにも知らばや風のみだるけしきを 道綱 また。 絶えて尚すみのえになきなかならば岸に生ふなる草もがな君 道綱 返し。 住吉の岸に生ふとは知りにけり摘まむ摘まじは君がまにまに 女 實方の兵衛佐に會はすべしと聞き給ひて、少將にて御坐しける程の事なるべし。 柏木の森だにしけく聞く物をなどか三笠の山のかひなき 道綱 返し。 柏木も三笠山も夏なればしげれど文な人の知らなく 源滿仲女 返す事するを、親はらから制すと聞きて、まろこ菅にさして。 うち傍見君一人見よまろこすげまろは人すげなしと言ふ也 道綱 患ひ給ひて。 三途川浅さの程も知れじと思ひしわれ病まづ渡りなむ 道綱 返し。 三途川吾より先に渡りなば水際にわぶる身とやなりなむ 女 返り事する折、せぬ折の有りければ。 かくめりと見れば絶えぬる細蟹の絲故風の辛くもあるかな 道綱 七月七日。 七夕に今朝引く絲の露を重み撓む景色も見でややみなむ 道綱 これは、後朝の。 別つより翌晨の袖ぞ濡れにける何をひるまの慰めにせむ 道綱 入道殿、為雅朝臣の女を忘れ給ひにける後、日蔭の絲結びてとて、給へりければ、それに代はりて。 掛けて見し末も絶えにし日蔭草何に余所へて今日結ぶらむ 道綱母 女院、今だ位に坐しまししをり、八講行はせ給ひける捧げ物に、蓮の數珠参らせ給ふとて。 となふなる波の數にあらべども連の上の露にかからむ 道綱母 同じ頃、傅の殿、橘を参させ給へりければ。 かばかりもとひやはしつる杜鵑花橘のえにこそありけり 詮子 返し。 橘の成りももぼらぬみを知れば下枝ならではとはぬとぞ聞く 道綱 小一條の大將、白川に坐しけるに、傅の殿を「必ず坐せ」とて、待ち聞え給ひけるに、雨いたう降りければ、えおはせぬ程に、隨身して、「雫をおほみ」と聞え給へりける返り事に。 濡れつつも戀しき道は避かなくに未だ聞えずと思はさらなむ 道綱 中將の尼に、家を借りた給ふに、貸し奉らざりければ。 蓮葉の浮葉をせばみ此の世にも宿らぬ露と身をぞ知りぬる 道綱母 返し。 蓮にもたまゐよとこそ結びしか露は心をおきたがへけり 中將の尼 粟田野見て、歸り給ふとて。 花薄招きも止まぬ山里に心の限り留めつる哉 道綱母 故為雅朝臣、普門寺に、千部の經供養するに坐して、歸り給ふに、小野殿の花、愛おもしろかりければ、車引き入れて、歸り給ふに。 薪こる事は昨日に盡きにしをいざをのの柄は此處に朽たさむ 道綱母 駒競べの負け態とおぼしくて、銀の瓜破子をして、院に奉らむとし給ふに、「この笥にうたむ」とて、攝政院より、歌聞えさせ給へりければ。 千代も經よ立ち返りつつ山城のこまにくらべし瓜の末なり 道綱母 繪のところに、山里に眺めたる女有り、杜鵑鳴くに。 都人寢で待つらむや杜鵑今ぞ山邊を鳴きて過ぐなる 此の歌は、寬和二年歌合にあり。 道綱母 法師の、舟に乘りたる處。 綿津海はあまの舟こそありと聞けのりたがへても漕ぎ出けるかな 道綱母 殿、離れ給ひて後、「通ふ人あべし」等聞え給ひければ。 今更に如何なる駒が懐くべき荒めぬ草と遁れにし身を 道綱母 歌合に、卯の花。 卯の花の盛りなるべし山里の衣さほせるをりと見ゆるは 道綱母 杜鵑。 杜鵑今ぞさ渡る聲すなる我が告げ無くに人や聞きけむ 道綱母 菖蒲草。 菖蒲草今日の水際を訪ぬればねを知りてこそ片寄りにけれ 道綱母 螢。 五月雨や木暗き宿の夕されは面照るまでも照らす螢か 道綱母 常夏。 咲きにける枝なかりせば常夏ものどけき名をや殘さざらまし 道綱母 蚊遣火。 文なしや宿の蚊遣火付けそめて語らふ蟲の聲をさけつる 道綱母 蟬。 送ると言ふ蟬の初聲聞くよりぞ今かと麥の秋を知りぬる 道綱母 夏草。 駒や來る人や分くると待つ程に茂りのみます宿の夏草 道綱母 戀。 思ひつつ戀ひつつは寢じ逢ふと見る夢をさめては悔しかりけり 道綱母 祝ひ。 數知らぬ真砂にたづの程よりはそめけむ千代ぞすくなき 道綱母 |
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