『言語と交流』第13号2010.7
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モダリティ分類の一試案
――文法化の研究成果と「関与」の概念による――
蒋家義
要旨
本稿では,文法化の研究成果に「関与」の概念を加えて,日本語のモダリティの
分類を試みた。まず,言語類型論的な視点を取り入れた文法化の研究成果により,
dynamicmodality(力動的モダリティ),deonticmodality(束縛的モダリティ),epistemic
modality(認識的モダリティ)という普遍性のあるモダリティの分類を得た上で,日
本語の特徴つまり個別性を考慮に入れて,日本語のモダリティをdynamicmodality,
deonticmodality,epistemicmodality,interactionalmodality(相互作用的モダリティ)
の四つに分類した。次に,「関与」の概念により,その分類を再整理した。つまり「関
与」という概念を導入して,それを分類の基準として再整理し,日本語のモダリテ
ィを「不関与型」,「事態関与型」,「命題関与型」,「相互関与型」の4種に大別した。
キーワード:モダリティ分類文法化関与
0はじめに
本稿の目的は日本語のモダリティの分類について論じることである。1節では,一般
言語学?英語学と日本語学?日英対照言語学の先行研究におけるモダリティの分類を取
り上げて,モダリティの分類と範囲に関する両者の捉え方の違いを分析する。2節では,
言語類型論的な視点を取り入れた文法化の研究により,普遍性のあるモダリティの分類
をもとめる。その上で,日本語の個別性を考慮に入れて,日本語のモダリティを分類す
る。3節では,関与という概念により,2節で得た日本語のモダリティの分類を再整理す
る。つまり,まず,各種のモダリティにおける関与の在り方を説明して,関与を分類し
て定義する。次に,関与の在り方を分類の基準として,日本語のモダリティを改めて分
類する。
1先行研究におけるモダリティの分類
本節では,一般言語学?英語学と日本語学?日英対照言語学の先行研究におけるモダ
リティの分類を取り上げて
①
,モダリティの分類と範囲に関する両者の捉え方の違いを
分析する。表1は一般言語学?英語学におけるモダリティの分類であり
②
,表2は日本
-65-
語学?日英対照言語学におけるモダリティの分類である
③
。
表1一般言語学?英語学におけるモダリティの分類
表2日本語学?日英対照言語学におけるモダリティの分類
一般言語学?英語学のモダリティ論と日本語学のモダリティ論は異なった研究の源を
持っている
④
。前者のは様相論理学(modallogic)であり,後者のは山田孝雄,時枝誠記,
渡辺実の流れを持つ陳述論である(湯本2004:12)。異なった理論の枠組みを発展させ
た,一般言語学?英語学のモダリティ論と日本語学のモダリティ論は異なったモダリテ
-66-
ィ観,モダリティの定義,モダリティ表現の研究アプローチ,モダリティの分類,及び
モダリティ表現の範囲を持つことになった。ここでは,モダリティの分類と範囲に関す
る違いを見る。細部まで触れないが,3つの著しい違いが挙げられる
⑤
。
1つ目は日本語学のモダリティ論が文機能(文類型)をモダリティとして捉えている
ことである。例えば,益岡(1991)の「表現類型のモダリティ」,仁田(1991,2000)の
「発話?伝達のモダリティ」,日本語記述文法研究会(2003)の「表現類型のモダリティ」,
益岡(2007)の「発話類型のモダリティ」などである。文機能(文類型)のモダリティ
は「言語活動の基本的単位である文が,どのようなタイプの発話?伝達的な役割?機能
を担っているのか」(仁田2000:82)ということを表すものである。一般言語学?英語
学のモダリティ論は文機能(文類型)のモダリティを認めていない
⑥
。ただし,deontic
modalityは文機能(文類型)のモダリティの下位分類,例えば,益岡(1991)の「情意
表出型」「訴え型」などに相当する。
2つ目は日本語学のモダリティ論が「話し手と聞き手とのinteraction」
⑦
をモダリティ
に取り込んでいることである。例えば,益岡(1991)の「ていねいさのモダリティ」「伝
達態度のモダリティ」,仁田(1991)の「副次的モダリティ」,日本語記述文法研究会(2003)
の「丁寧さのモダリティ」「伝達態度のモダリティ」,益岡(2007)の「丁寧さのモダリ
ティ」「対話態度のモダリティ」などである。このタイプのモダリティは「話し手と聞き
手との相互関係維持?構築」(湯本2004:21)を表すものである。だが,一般言語学?
英語学のモダリティ論はそれを主な分類としていない
⑧
。
3つ目は一般に,日本語学のモダリティ論がdynamicmodalityを認めていないことであ
る
⑨
。Palmer(1990:36)によれば,dynamicmodalityは次の性質がある。
...dynamicmodalityissubject-orientedinthesensethatitisconcernedwiththeabilityor
volitionofthesubjectofthesentence,ratherthantheopinions(epistemic)orattitudes
(deontic)ofthespeaker(andaddressee).(Dynamicmodalityは主語指向で,すなわち
話し手(と聞き手)の見解(epistemic)や態度(deontic)ではなく,文の主語の能力や意
志に関わっている。)(Palmer1990:36)
日本語学においては,abilityは従来,動詞の可能態として扱われている。Volitionについ
ては,文機能(文類型)のモダリティの下位分類として扱っている研究(例えば,仁田1991,
日本語記述文法研究会2003,益岡2007)が多い。
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2文法化の経路から見るモダリティの分類
モダリティの分類とはケーキの切り方の違いのようなものである(amatterofdifferent
waysofslicingthesamecake)(Perkins1983:10)。1節で見たように,異なった理論の枠組
みを発展させた,一般言語学?英語学と日本語学?日英対照言語学におけるモダリティ
の分類や範囲はかなり異なっている。さらに,仁田(1991)と益岡(1991)のような,
同じ立場に立った研究においても,異なった分類が見られる。
筆者は普遍性のあるモダリティの分類を参考にした上で,日本語の(特徴のある)個
別性を考慮に入れて,日本語のモダリティを分類すべきであると考えている。普遍性の
あるモダリティの分類を考察するには,言語類型論的な視点を取り入れた文法化の研究
により,分析することにする。具体的に言えば,モダリティ表現の,普遍性のある文法
化の経路(pathway)をまとめることである。
Hopper&Traugott(2003:231)によれば,文法化は次のように定義されている。
...thechangewherebylexicalitemsandconstructionscomeincertainlinguisticcontexts
toservegrammaticalfunctionsand,oncegrammaticalized,continuetodevelopnew
grammaticalfunctions.(語彙項目や語彙的構造がある言語学的文脈において文法的機
能を持つようになるという変化のことであり,一度文法化されると,新しい文法的
機能へと発展しつづけること
⑩
)(Hopper&Traugott2003:18)
文法化研究はこうした言語の変化を究明することができる。ただし,文法化研究で目
標とされるのは「単に記述的な文法変化を明らかにすることにとどまらず,さらに言語
類型論的な視点から,世界の言語にどのような文法変化のパターンがあるのかを明らか
にすることが目指される」(玉地2008:61)。このような,言語類型論的な視点を取り入
れた文法化研究は膨大な言語データに基づいて,多くの言語における文法変化のパター
ン,つまり文法化の経路を考察している。文法化の経路には,普遍的なものがあり,個
別的なものがある。モダリティ表現に関しては,「DYNAMICMODALITY>DEONTIC
MODALITY」(「力動的モダリティ>束縛的モダリティ」)
?
や「DEONTICMODALITY>
EPISTEMICMODALITY」(「束縛的モダリティ>認識的モダリティ」)のような経路があ
り,しかも普遍的である。この2つは一般的なものであるが,「ABILITY>PERMISSIVE」
(「能力>許可」),「ABILITY>POSSIBILITY」(「能力>可能性」),「DEONTICMODALITY
>FUTURE」(「束縛的モダリティ>未来」),「FUTURE>EPISTEMICMODALITY」(「未来
>認識的モダリティ」),「OBLIGATION>FUTURE」(「義務>未来」),「OBLIGATION>
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PROBABILITY」(「義務>見込み」),「WANT(‘want’,‘wish’,‘desire’)>FUTURE」(「意
志>未来」)のような,より具体的なモダリティの文法化の経路もある(Heine&Kuteva
2002)
?
。これらはいずれも普遍性のあるものである。
モダリティ表現の文法化の経路は意味変化の跡形であり,すべての可能な意味を示し
ている。ある言語におけるモダリティ表現の文法化の経路をまとめることにより,当該
言語のモダリティの全体像が見られることになる。世界中の様々な言語におけるモダリ
ティ表現の文法化の経路をまとめて比較することにより,普遍性のある文法化の経路と
個別性のある文法化の経路が見られることになる。モダリティ表現の,普遍性のある文
法化の経路は普遍性のある意味の型を示している。これを基にするモダリティの分類は
普遍性のあるモダリティの分類であり,日本語のモダリティの分類の基礎となる。こう
した普遍性のあるモダリティの分類を得るプロセスは図1に示すことができる。
図1普遍性のあるモダリティの分類を得るプロセス
枠①②③④と大きな矢印は当該プロセスを示し,“a→b→c”,“b→c”,“c→d”
と“a→b”はモダリティ表現の文法化の経路(意味変化の跡形)を示し,“a”“b”
“c”“d”は各種の意味を示している。枠④の“A,B,C”は普遍性のある意味の型
“a,b,c”を基にする普遍性のあるモダリティの分類を示している。
上に述べた普遍性のある文法化の経路は“ABILITY”(能力),“WANT”(意志)など
のdynamic意味,“PERMISSIVE”(許可),“OBLIGATION”(義務)などのdeontic意味と,
“POSSIBILITY”(可能性),“PROBABILITY”(見込み)などのepistemic意味という3種
の意味の型を示している。これを基にして,モダリティをdynamicmodality,deontic
modalityとepistemicmodalityに分類することができる。
さらに,こうした普遍性のあるモダリティの分類を基礎として,日本語の個別性を考
慮に入れて,日本語のモダリティを分類することができる。日本語の個別性と言えば,1
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節で述べた「話し手と聞き手とのinteraction」のモダリティ(本稿では,interactional
modalityと呼ぶことにする)が挙げられる。それで,日本語のモダリティは暫定的に
dynamicmodality,deonticmodality,epistemicmodalityとinteractionalmodalityに分類する
ことができる。もちろん,こうした分類はおおよその仕組みにとどまっており,さらに
細分化の必要がある。
3「関与」から見る日本語モダリティの分類
2節で普遍性のあるモダリティの分類を基礎とする日本語のモダリティの分類を論じ
た。ここでは,関与という概念に基づいて,こうした分類を再整理する。まず,関与と
いう概念を説明する。
3.1関与とは
話し手は思考をことばにコード化して,聞き手に伝達して理解してもらうというコミ
ュニケーションの役割を担っている。その上さらに,話し手が発話の場で事態の参与者
や命題の創造者となることがある。Deonticmodalityにおいては,話し手が行為の課し手
(他者に行為を実行させる人)や規範の持ち主(行為の実行を要求できる権力や権威を
持っている人)として,ある事態
..
に関わっている。例えば,例文(1)の場合,雇用者で
ある話し手が行為の課し手と規範の持ち主として,下女の「果物籃を持ってその奥さん
のところに行って,その奥さんに果物籃を上げる」という行為に関わっている。例文(2)
の場合,校長である話し手が行為の課し手と規範の持ち主として,生徒の「言うことを
聞いて勉強する」という行為に関わっている。
(1)「そうか。じゃその奥さんでいいから,これを持って行って上げてくれ。そう
してね,もしお差支えがなければちょっとお目にかかりたいって」
「へえ」
下女はすぐ果物籃を提げて廊下へ出た。(夏目漱石『明暗』)
(2)次の時間の授業の始まる前に,校長は生徒を第一教室に集めた。かれは卓の
ところに立って,新しい教員を生徒に紹介した。
「今度,林先生とおっしゃる新しい先生がおいでになりまして,皆さんの授業
をなさることになりました。新しい先生は行田のお方で,中学のほうを勉強し
ていらしって,よくおできになる先生でございますから,皆さんもよく言うこ
とを聞いて勉強するようにしなければなりません」(田山花袋『田舎教師』)
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Epistemicmodalityにおいては,上記とは違い,話し手が伝達される命題
..
に関わってい
る。つまり,話し手が根拠に基づいて想像や思考を通して命題を創造した上で,根拠の
存在や種類,思考や想像の様式,新しい命題の確実性などに対する把握の仕方を示して,
命題に関わるのである。例えば,例文(3)の場合,話し手が「記者の取材が昨日の午後
だった」などの根拠に基づいて想像や思考を通して「あの記事が今日の新聞に出た」と
いう命題を創造して,その命題に対する高い確実性を示して,命題に関わっている。例
文(4)の場合,話し手が「杯の色」などの根拠に基づいて想像や思考を通して,その杯
が「墓の中から掘り出した」という命題を創造して,「杯の色」という根拠の存在を示し
て,命題に関わっている。
(3)「読売の記者はいつお伺いしたでしょうか?」と尋ねました。
「昨日の午後でした」
昨日の午後ならば,あの記事は今日の新聞に出たにちがいない。こう思って電
車停留場へ来ますと向かい側に新聞取次店があったので,転ぶようにその店へ
入って,『読売新聞』を買いました。広げて見ると,第三面の下から三段目に,
切り抜きどおりの記事がありました。(小酒井不木『紅色ダイヤ』)
(4)第八の娘は黙って,その熔巌の色をした杯を出した。
(中略)
「墓の中から掘り出したようだわ」(森鴎外『杯』)
Interactionalmodalityにおいては,話し手と聞き手との上下関係や親疎関係などの人間
関係,話し手と聞き手の間の情報認識の一致?不一致関係などの相互関係をめぐって,
話し手が聞き手に関わっている。例えば,例文(5)(6)の場合,話し手が聞き手との上
下関係や親疎関係などの人間関係に基づいて,聞き手に対する丁寧さを示したり示さな
かったりして,聞き手に関わっている。
(5)「毎日,たいへんですね。」
「ええ,疲れますわ。」(太宰治『渡り鳥』)
(6)「お前は飛行出来るかな?」
或る時秀吉が五右衛門に訊いた。
「自由自在でございます」(国枝史郎『五右衛門と新左』)
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例文(7)(8)の場合,話し手が聞き手との間の情報認識の一致?不一致関係に基づいて,
聞き手の認識と一致しない情報または一致する情報を聞き手に提示して,聞き手に関わ
っている。
(7)「健ちゃん!蛙がいるよ。」
「蛙?どら,どこにいる?」
「ほら,その桶のそばにつくばっているよ。」(林芙美子『蛙』)
(8)「どうって,それっきりさ,まだ未解決のままなんだ。」
「未解決だって,それじゃ困るね。」
「ああ困るよ。」(豊島与志雄『白日夢』)
こうした「関わり」を話し手の関与と呼んでおきたい。Deonticmodality,epistemic
modalityとinteractionalmodalityにおける関与をそれぞれ事態関与,命題関与と相互関与
と名付けることにする。一方,dynamicmodalityにおいては,下記の例で示すように,事
態関与,命題関与,相互関与のすべてが見られない。
例えば,例文(9)(10)のような,“ABILITY”(能力)を表すdynamicmodalityには,
deonticmodalityにおける事態関与が見られない。ただ,話し手自身のことを語る例文(9)
のように,話し手自身が動作主として事態に関わっている例もある。こうした「話し手
自身が動作主として事態に関わっている」ことは事態関与と捉えない。
(9)あなた方,雑炊食堂の雑炊ってご存知?こないだ女中がバケツに一杯買って
きたの。あれ暖かくするとおいしいものよ。どろどろしていて,つるつるっ
ていくらでも食べられるわ。(北杜夫『楡家の人びと』)
(10)富士山は雲がかかれば見えないし,ゲイシャに会うことは金がかかりすぎる。
しかし,新幹線は日本に観光に来たどの外人も乗ることができる。
(曽野綾子『太郎物語』)
次に,“WANT”(意志)を表すdynamicmodalityは言語類型論的に見れば,例文(11)
(12)のような話し手自身の意志を表すことと,例文(13)(14)のような他者の意志を
表すことができる(Bybeeetal.1994:178,Palmer2001:76-79,Heine&Kuteva2002:
310-311を参照)。どちらの場合にも,deonticmodalityにおける事態関与が見られない。
ただ,話し手自身の意志を表す場合,話し手自身が動作主として事態に関わっている。
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こうした「話し手自身が動作主として事態に関わっている」ことも事態関与と捉えない。
(11)「じゃ,明日柳生の婆さんに会いに行けばいい。地図を書いてあげよう」
(筒井康隆『エディプスの恋人』)
(12)「もうすこし,自動販売機に近づいて調べてみよう」
ダスティン船長は二歩三歩,販売機に歩みよった。
(井上ひさし『ブンとフン』)
(13)Johnwillhelpyoutofindajob.(ジョンはあなたが仕事を探すのを助けるつも
りだ。)(Palmer1987:138)
(14)他很想出国。(彼は海外に行きたがっている。)(彭2005:73)
また,日本語では,“WANT”(意志)を表すdynamicmodalityは基本的に,例文(11)(12)
のように,話し手自身の意志を表している。
以上述べてきたことに基づいて,事態関与,命題関与,相互関与という3種の関与の
定義は以下のようにまとめられる。
事態関与:話し手が行為の課し手(他者に行為を実行させる人)や規範の持ち主(行
為の実行を要求できる権力や権威を持っている人)として,ある事態に
関わっている。
命題関与:話し手が根拠に基づいて想像や思考を通して命題を創造した上で,根拠
の存在や種類,思考や想像の様式,命題の確実性などに対する把握の仕
方を示して,命題に関わっている。
相互関与:話し手と聞き手との上下関係や親疎関係などの人間関係,話し手と聞き
手の間の情報認識の一致?不一致関係などの相互関係をめぐって,話し
手が聞き手に関わっている。
ここまでdynamicmodality,deonticmodality,epistemicmodalityとinteractionalmodality
における関与の在り方を説明し,関与を事態関与,命題関与,相互関与に分けた。さら
に,それぞれの定義をまとめた。ただし,関与そのものは定義していないまま使ってき
た。上に述べたことから分かるように,deonticmodality,epistemicmodalityとinteractional
modalityにおける関与は異なった姿を呈しているので,関与そのものを定義することは
かなり困難だと言わざるを得ない。敢えて明文化するなら,「関与」とは話し手が発話で
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伝達しようとする事態や命題,または聞き手に関わっていることだと大まかに定義でき
ると思う。
3.2「関与」による日本語モダリティの分類の再整理
ここでは,3.1で定義した関与という概念により,dynamicmodality,deonticmodality,
epistemicmodalityとinteractionalmodalityという分類を再整理する。再整理とはモダリテ
ィ表現の,普遍性のある意味の型(及び日本語の個別性)という分類の基準を関与の在
り方という分類の基準に変えることと,分類の細分化である。
まず,日本語のモダリティを「不関与型モダリティ」,「事態関与型モダリティ」,「命
題関与型モダリティ」と「相互関与型モダリティ」の4種に大別しておく。
不関与型モダリティは「可能のモダリティ」と「意志のモダリティ」に分けられる。
可能のモダリティとは動作主がある動作を実現することが可能である(ときに,ある状
態の実現が可能である)ということを表すものである(例文(15)(16))。意志のモダリ
ティとはある行為の実行に対する行為者(話し手自身)の意志を表すものである(例文
(17)(18))。
(15)この夏から秋にかけて,彼は司法試験を受ける予定だった。合格すれば判事
検事にもなれるし,高級官吏にもなれる。大学に残って教授の地位につくこ
ともできる。(石川達三『青春の蹉跌』)
(16)「アメリカやイギリスの子供の使っている言葉ぐらい,日本の子供だって,
おぼえられます」(三浦綾子『塩狩峠』)
(17)「僕が持っていて上げよう」
「いいわ……いつもひとりでするんですから」(堀辰雄『風立ちぬ?美しい村』)
(18)「いや,行くのは一月です。今度のは,偵察山行です。一応,厳冬期に通る
道を,歩いて来るつもりです」(新田次郎『孤高の人』)
事態関与型モダリティは「行為要求のモダリティ」と「事態評価のモダリティ」に分
けられる。行為要求のモダリティとは話し手が聞き手にある行為の実行を命じたり,頼
んだりすることを表すものである(例文(19)(20))。事態評価のモダリティとはある行
為の実行や,ある状態の実現が望ましいかどうかという評価を表すものである(例文(21)
(22))。
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(19)「ふん。しぶとい奴だな。とにかくそんな所へ往ってはいかん。こっちへ来
い」(森鴎外『山椒大夫?高瀬舟』)
(20)「ようやく一つだけなりました。どうか召しあがってください」
(北杜夫『楡家の人びと』)
(21)第二に,移籍の先をどうするかである。常識的には金子ジムへ行くのが妥当
だろうが,条件が折り合うかどうか具体的に話をつめてみなければならない。
第三に,早く金を揃えなくてはならない。(沢木耕太郎『一瞬の夏』)
(22)「窓開けてもいいわよ。わたし寒くないわ。その方が気持いいでしょう,富
士山が見えて」(井上靖『あすなろ物語』)
命題関与型モダリティは特に「認識のモダリティ」のことをさしている。認識のモダ
リティとは伝達しようとする命題に対する理性的な把握の仕方を表すものである(例文
(23)(24))。
(23)この水嵩では,落ちたりすればたちまち流されてしまうだろう。
(筒井康隆『エディプスの恋人』)
(24)病院から帰って来ると,ベニが私の万年床に寝ころがっていた。帯も足袋も
ぬぎ散らかしている。ベニははかなげに天井を見ていた。疲れているようだ。
(林芙美子『放浪記』)
相互関与型モダリティは「丁寧さのモダリティ」と「情報認識のモダリティ」に分け
られる。丁寧さのモダリティとは聞き手に対する話し手の丁寧さに関わる気持ちの有無
を表すものである(例文(25)(26))。情報認識のモダリティとは聞き手の情報認識に対
する話し手の配慮を表すものである(例文(27)(28))。
(25)「最初は営業部にまわす。得意先まわりだ。歩く商売だ。自家用車やタクシ
ーは使えない。電車とバスを使って一日得意先をまわる。おまえにそれが出
来るか」
「やってみます」(立原正秋『冬の旅』)
(26)「それは無理だよ」
「どうしてです」(沢木耕太郎『一瞬の夏』)
(27)「長い事,函館の青柳町にもいた事があります。」
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「いい所に居たんだね,俺も北海道だよ。」(林芙美子『放浪記』)
(28)「君はいい子だね。」
「どうして?どこがいいの。」
「いい子だよ。」(川端康成『雪国』)
こうした日本語のモダリティの分類は表3にまとめられる。
表3「関与」により再整理した日本語のモダリティの分類
関与の在り方を分類の基準として再整理した分類はモダリティ表現の,普遍性のある
意味の型(及び日本語の個別性)を分類の基準とした分類に対応する。つまり不関与型
モダリティ,事態関与型モダリティ,命題関与型モダリティ,相互関与型モダリティは
それぞれdynamicmodality,deonticmodality,epistemicmodality,interactionalmodalityに
対応する。関与の在り方を分類基準にしたのは日本語の特徴を考慮したためである。結
果として従来よりモダリティにおける話し手の役割を重要視することになった。
4おわりに
本稿では,文法化の研究成果に「関与」の概念を加えることにより,日本語のモダリ
ティの分類を試みた。結論としては,関与の在り方を分類の基準として,日本語のモダ
リティを「不関与型モダリティ」,「事態関与型モダリティ」,「命題関与型モダリティ」
と「相互関与型モダリティ」の4種に大別して,それをさらに7種に細分化した。今後,
こうした分類の適切性をさらに検討することにしたい。
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注
①
ここで取り上げるのはモダリティ表現の多義的アプローチを取った先行研究である。単義的ア
プローチを取った研究では,モダリティの(意味体系の)分類が問題にならないからである。多
義的アプローチと単義的アプローチについては,黒滝(2005:75-86)を参照。
②
表1における各用語の対応?非対応関係については,deHaan(2006:29-32)を参照されたい。
③
益岡(1991,2007),仁田(1991,2000)は日本語学の研究であり,中右(1994),湯本(2004),
澤田(2006)は日英対照言語学や,日本語を視野に入れた一般言語学の研究である。
④
一般言語学?英語学のモダリティ論と日本語学のモダリティ論との全般的な違いについては,
湯本(2004:9-19)を参照。
⑤
ほかに,湯本(2004:21)は日本語におけるモダリティ概念に含まれている「factiveな命題内
容についての話し手の評価表現」は「英語におけるモダリティ概念に含まれているものではない」
という違いを指摘している。
⑥
中国語学においては,賀(1992)や斉(2002)のような,文機能(文類型)のモダリティに相
当する「機能語気」のモダリティ――「言語コミュニケーションにおいて文が有する言語機能で
あり,話し手が文を用いて達成しようとするある種のコミュニケーション目的を表す」(賀1992:
60)――を持っている研究がある。
⑦
湯本(2004)の用語である。
⑧
一般言語学?英語学のモダリティ論のdeonticmodalityも話し手と聞き手との関係を含むもの
であるが,湯本(2004:21)が指摘したように,「このdeonticmodalityは,遂行の必然性と可能
性をあくまで話し手の視点でのみ捉えており,話し手側からの一方通行の主観性表現のみを扱う
分類である。話し手と聞き手との相互関係維持?構築からの視点を持った分類ではない」。
⑨
玉地(2005)は言語類型論の立場から日本語のdynamicmodalityを認めて,「~できる,~える,
~られる,~う,~よう,~たい」という動詞の活用形をdynamicmodalityの表現と捉えている。
ナロック(2002)も可能を表す「~(ら)れる」をモダリティの形式としている。
⑩
訳文はHopper&Traugott2003の初版の訳本による(Hopper,P.J.&Traugott,E.C.1993.
Grammaticalization.CambridgeUniversityPress.日野資成(訳).2003.文法化.九州大学出版会)。
?
>記号は左から右への変化を表す。
?
Heine&Kuteva(2002)は約500種の言語における400種余りの文法化の経路を紹介している。
ここで挙げたのはモダリティに関するものの一部である。ほかには,「ARRIVE(‘arriveat’,
‘reach’)>ABILITY」,「DO(‘todo’,‘tomake’)>OBLIGATION」,「GET(‘toget’,‘toreceive’,‘to
obtain’)>ABILITY」,「GET(‘toget’,‘toreceive’,‘toobtain’)>OBLIGATION」,「GET(‘toget’,
‘toreceive’,‘toobtain’)>PERMISSIVE」,「GET(‘toget’,‘toreceive’,‘toobtain’)>
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POSSIBILITY」,「KNOW>ABILITY」,「LEAVE(‘toleave’,‘toabandon’,‘tolet’)>PERMISSIVE」,
「MIRATIVE>EVIDENTIAL,INFERENTIAL」,「SAY>EVIDENTIAL」,「SUITABLE(‘tobesufficient,
enough’,‘tobefitting’,‘tobesuitable’)>ABILITY」,「SUITABLE(‘tobesufficient,enough’,‘tobe
fitting’,‘tobesuitable’)>OBLIGATION」などがある。
参考文献
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meaning.InJ.Fisiak(Ed.),Historicalsemantics:Historicalword-formation.MoutondeGruyter.
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